日本健康同盟(略称・健康同盟)
New Page8 (2005年6月13日、記載)
治療情報−3(電気磁気療法:前ページからの続き)
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素晴らしい効果を発揮する電気磁気治療を紹介します!(その5)
健康同盟結成準備会ニュ−ス(治療法) *1995年8月号 |
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自律神経失調症・不定愁訴症候群 |
交流式電気磁気療法(9) |
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に有効と思われる治療法 |
資料編 {『磁気シャワ−療法』(現代 |
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書林・著者・石渡 弘三)より} |
(前紙面からの続き)
実例2)栃木県那須郡高久・ペンション経営・川島 勉(62才)
氏は、入浴中に倒れ、救急車が来た時には瞳孔が開いて、それを見た奥さんは、
駄目かもしれないという状態だった。
この奥さんの兄さんがかつて私の戦友で、茨城で桜井精機という会社を経営する
桜井清氏である。この桜井氏が以前むち打ち症で3年間苦しんでいた時、交流磁
気治療で治った体験をもっていた。その桜井氏はその後、会社を息子に譲り、今
茨城県牛久市で体験センタ−をやっている。
桜井氏は私に電話で「義弟が倒れた」と連絡してきた。私は「とにかく治療器と
資料を持って、病院へ行き、先生に使わせてくれるように頼んでみろ−−−」と
言った。 桜井氏が担当の先生に話したところ、最初は断られたが、そ
の晩、資料を読んでくれて、「ここは大部屋だから駄目だが、2週間すれば個室
が空く。個室に移ったら使ってもいいよ」といってくれたそうである。
そして個室に入ってから全身治療を始め、1週間ほどで意識が回復。その後、
病院に40日ほど入院していたが、病院にいてもやることがないので退院した。
その後の経過については川島氏自身が次の様に記録している。
「 私は交流磁気治療器によって救われました。
昭和61年病に倒れ、63年の回復まで、順を追って列記したいと思います。
● 昭和61年7月26日 入浴中風呂場にて倒れ、脳出血、右半身不随にて黒磯町
の菅間病院に入院。義兄の桜井清氏が−−−治療器5台を持って駆けつける。
病人は意識もなく、酸素吸入を続ける中で手術も不能とのこと。−−−
● 昭和61年8月10日 個室に移ることで治療器の使用許可が下り、治療を開始
する。次第に意識が戻り、日増しに元気になる。
● 昭和61年9月29日 66日間の入院生活、右半身不随であるが四肢の硬化な
し。車椅子にて退院。
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● 昭和61年9月30日 茨城県牛久市の義兄・桜井宅に移る。
● 昭和61年10月1日 茨城県藤代町体験センタ−にて全身治療開始。
1回・30分。1日・4〜5回の治療を行う。
● 昭和61年12月4日 杖なしで歩行可能となるが、右手の握力は未だ不十分。
筑波記念病院にてリハビリを併用して、治療を開始。
● 昭和62年2月 便箋の罫内に右手で住所氏名が書けるようになる。
● 昭和62年4月 治療器8台を布団セットと共に購入、那須の自宅に戻る。
● 昭和62年5月 菅間病院にてCTによる検査により、脳内出血
の痕跡消滅。ペンション営業を開始する。
● 昭和62年11月 桜井清氏の三男の結婚式に出席するため、那須の自宅よ
り茨城県牛久市までの3時間を連続運転し自信を持つ。
● 昭和63年1月 日常生活に何ら支障なし。元気にペンション経営中。」
□ 複数の治療器使用で効果倍増
その理由は、発生している病的症状が、単に局所的なものでなく、他の多くの原因と共に
ある、ということなのだ。
鼻炎一つとっても、単に鼻部に磁気シャワ−をかけて鼻の周辺の血行を良くするだけでは
効果が現れないこともある。しかし頭部にかけて自律神経を整え、腰部にかけて副腎の機
能をはかると、鼻炎は急速に好転していく。この時、3か所の治療を別々にやるより、同
時に行った方が相乗効果が期待できる。
体内の血液系統の中枢器官ともいうべき心臓の大きさは、ほぼ握りこぶし大である。
これに対して血管の総延長は約10万キロと言われている。赤道の全周が約4万キロだか
ら、単純に地球の2倍半の長さの血管が人体に張りめぐっていることになる。
−−−心臓から動脈を通じて下半身に血液を送り出す場合はまだ良い。基本的には下に降
りてくるだけだからだ。だが静脈を通じて心臓に戻ってくる場合はどうだろうか−−−。
静脈を血液が上がってくる時は、太い方へ太い方へと押しあげてくる。血管全体が弁のよ
うになって、逆流を防止しながら押し上げているのである。
つまり、人間の身体は、全身が助け合って血液の流れをつくっているとも言える。
従って病気というものは全身の血行を良くしていかなければ治っていかないのである。
それが最も良くわかるのが心臓疾患である。
→ 次の紙面に続く
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「日本健康同盟」機関紙・健康同盟ニュ−ス |
1995年08月号 |
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自律神経失調症・不定愁訴症候群 |
交流式電気磁気療法(10) |
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に有効と思われる治療法 |
資料編 {『磁気シャワ−療法』(現代 |
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書林・著者・石渡 弘三)より} |
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(前紙面からの続き)
□ 心臓疾患・回復の実例
☆ 岐阜県郡上郡八幡町・歯科医院経営・筧 甚七
氏は、明治41年生まれで今年82才である。この方が70才の頃に心筋梗塞で倒れた。
これは 筧氏が「創健愛用者会」で話した体験談である。
「 私は当年81才ですが、70才までは非常に身体の調子は良かったんです。
70才の声を聞きましたら成人病が始まりまして、最も重かったのが今から10年前でし
た。朝方突然胸が苦しくなり、お医者さんに来てもらいましたら心筋梗塞の発作だと言わ
れすぐ入院しました。胸の中に棒でも差し込まれるような痛さで、私はそれまで死ぬとい
ことは考えませんでしたが、死ぬことは大変だなあと思いました。
幸い手当てが良かったので1ケ月位の入院で帰りましたが、血圧は210位ありました。
時々胸が苦しくなりますので、ニトロという特効薬を何時も持って歩きました。
また脈拍が16回目に1回止まるのです。
その後1年経ち2年経ちするうちにその回数が減って15回、14回、13回目に止まり
段々不整脈の状態が進んで参りました。そして3年程前にはトントンと2回打つと止まる
ような感じになったのです。 これで一巻の終わりになるという気持ちがしますと、非常
に寂しい限りです。 大阪の国立の循環器センタ−も訪ねましたが、いろいろ検査して
『あなたの心臓はこのくらい悪いですよ」と教えてくれるだけで治療は何もありませんで
した。 その後、村井さんから磁気のあることを勧めれれました。私は他の健康機器
と同じと思い信用しなかったのです。 ところが村井さんは非常に親切な方で、マットを
持って来られて「貸してあげるからこれでしばらく寝てみなさい」と言われました。
それで使ってみたところ何となく気分が良いのです。
今はベッドを買い、頭と足の先と内臓の所に3個を使っています。
気がついてみると不整脈がすっかり治っていました。
−19−
ひょっとしたら一時的に治ったのではないかと思って脈を測ってみるのですが、
全然止まりません。
やはりこれは交流磁気で心臓を動かしている電気を補充したから、こんなに良
くなったのではないかと思います。」
現在 筧氏は、今全国各地で歯科医療の経営について5時間にわたるセミナ−講演
をする程元気で、その時必ず私の健康法として磁気シャワ−の話もつけ加えていた
だいている。
この他にも体験センタ−に通って全身治療をして不整脈を治した人は多い。
それ程 全身治療というのは効果がある。
□ 糖尿病を克服した女性の実例
☆ 静岡県三島市・藪内 久子さん。
彼女は、10年来の糖尿病で苦しんでいた。糖尿病による全身の虚脱感、胃の不調、右膝
の関節痛に悩まされていた。またご主人の健一氏は、20年以上も前に手術したヘルニア
の後遺症で、強度の腰痛と肩こりに悩まされ、一時は二人で経営する飲食店の経営すら危
ぶまれる状況に追い込まれてしまった。 藪内さんは、その時の状況をこう語っている。
「私が糖尿病と診断されたのは10年前で、以来いろいろと治療を続けてきましたが、さ
っぱり良くなりませんでした。(中略)この10年間必ず定期検診を受け、もらう薬はき
ちんと飲み、指示された通りに食事面の管理もしておりますのに、これでは救われません。
糖尿病は不治の病かとも思い、諦め気分になったこともありましたが、そうではないこと
を知りましたのは、交流磁気治療器との出会いからでした。
主人と二人で毎日30分ずつ、全身の磁気治療を続けましたところ、私は2週間後あたり
から体調が良くなってくるのを感じ始め、病院からの薬も止めることにしました。
6週間後には血糖値も下がり、頑固な頭痛、膝の痛みが消えて、身体のだるさもなくなり
10年も続いた200に近い血圧が、現在では125と安定し、嘘のように不眠も解消し
ました。この結果には主治医の先生も驚かれ、血圧を3度も測り直した程でした。
2ケ月近く調理場に立つことさえ出来なかった主人も、3週間後には何の苦痛もなく仕事
が出来るようになり、思わず夫婦手を取り合って喜んだ次第です−−−。」
−−−−糖尿病というのは、やはり
治療器と食事改善を併用することが大切である。
(今回は、以上とします)
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